大正時代のガラスから見る街の灯り

大正時代のガラスは微妙なたわみがあり景色が揺れて見えます。それはまるで水に濡れたガラス。今のガラスはきちんと作られています。それはまるでそこにガラスなど無いように思わせる。僕はここにいるよ。そう言ってるかのような大正時代のガラス。僕の存在など忘れて。そう言ってるかのような今のガラス。大正時代のガラスが割れるともう作ることは出来ない。今のガラスが割れても代わりはいくらでもある。毎年このガラスを見るたび僕は考え込んでしまう。

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