本は紙かデータそれとも

読書

紙の本がいいのは分かっているがIpadのkindleで読書する。

だって便利だから

アンドロイドスマホにもkindleを入れようと思う。

だって便利だから

ひとつの小説をふたつのデバイスで読めるようにする。

これを同期という

ひとつの小説をふたつのカバンに入れるため2冊買う。

これを病気という

本が紙だった頃は時々買った本をまた買ってしまったりする。これはおそらく万人が経験していることだがネットでの本の購入にはそういうポカはない。

ポカがない分本の売り上げは減少するが買う側の財布は痛まない。

だから痛みを知らない人間が増える。

買った本が以前買ったものだと気が付いた時

自分のドジに苦笑する人が私は好きだ。

そしてその2冊を並べて本棚に入れるかわざと全然違う場所に入れるかで悩む。

そんな他愛もないことが案外大事なのだ。

本屋へ行って何を買うか迷いだすとお手洗いに行きたくなるが画面上のkindleストアで何を読もうか迷ってもそうはならない。

これは人間の生理にとって重要なポイントだ。本屋でどの本にするか迷う、そして次第に焦る。そしてついに生理現象に襲われ本どころではなくなる。

この哀れな、しかし人間らしい生理現象が僕にはとても愛おしい。

↑上記の記事を書いたのがちょうど1年前のこと。そして今僕は本を読まない。

紙の本→電子書籍→本を聴く

そう、朗読者が読むのを聴いているのだ。

本を聴く世界の住人は増えている。本を聴く理由のひとつは読書時間の短縮だ。猛者は2倍速から3倍速で聴くようだ。3倍速はかなり速い。僕は今のところ1.5倍速が限界だ。

倍速で聴くことにより失うものも当然あるが僕の結論は読む読書と聴く読書は区別して考えるべきもので、どちらがいいと議論するものではない。

ビジネス、経済、趣味の分野などの本は聴く読書で充分じゃないかな。

小説なら聴いた後でその本を買うのもありだと思う。

僕にとっては運転中でも読書出来るのがとてもありがたいのである。

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